「運動神経が良いですね」
ボクシングジムでも、こういう言い方をすることがあります。
見本を一度見せただけで、すぐに近い動きができる。
初めてミットを打ったのに、パンチのタイミングが合っている。
細かく教えていないのに、相手との距離をなんとなく取れる。
こういう方を見ると、たしかに「運動神経が良い」と感じます。
ただ、運動神経という言葉は、考えてみるとかなり曖昧です。
足が速いことなのか。
反応が速いことなのか。
力が強いことなのか。
新しい動きを覚えるのが早いことなのか。
人によって、思い浮かべるものが少しずつ違います。
私がボクシングを教えていて感じるのは、運動神経が良い人というのは、単に身体能力が高い人ではないということです。
自分の身体を、自分の思った通りに扱える人です。
こういう方は、やはり上達が早いです。
一方で、筋力があっても、ボクシングになるとうまく動けない方はいます。
パンチは強そうなのに、すぐに疲れる。
足は動いているのに、上半身がついてこない。
一発は強いのに、打った後に止まってしまう。
決して珍しいことではありません。
ボクシングで必要なのは、ただ強い身体ではなく、状況に合わせて動かせる身体です。
今回は、「運動神経が良い」とは何なのか、スポーツで上達が早い人にはどのような特徴があるのかを、トレーナーとして感じてきたことを交えながらお話しします。
なおこちらのコラムは、BOXING CLUB佐藤崇之トレーナーが監修しております。

佐藤崇之(さとう たかゆき)
︎・25歳で運動不足解消・ダイエットを目的にイマオカボクシングジム(現BOXING CLUB渋谷)に入会
・運動嫌いが半年で20Kg以上のダイエットに成功し、ボクシングのみならず運動生理学や身体構造に興味を持つ
・脱サラしスポーツトレーナー養成学校に入学しアスレチックトレーナーを目指す。
・細かい技術や、戦いにおける戦術、心理的側面など知っているようで知らない内容のコラムを発信中
・「感覚」よりも「理論」で会員様と同じ目線での指導を心掛けております。
「運動神経が良い」とは何が良いのか
身体の中に「運動神経」という名前の、特別な一本の神経があるわけではありません。
一般的に使われている「運動神経が良い」という言葉は、いくつかの能力をまとめて表しています。
例えば、飛んできたボールを捕る時も、ただ手を出せばいいわけではありません。
ボールの速さや方向を見て、自分がどこへ動くのかを判断し、足を運び、腕を伸ばし、最後に力加減を調整します。
ボクシングも同じです。
相手を見る。
距離を測る。
足を動かす。
パンチを打つ。
拳を戻す。
次の動きに備える。
一つひとつを見ると単純に感じますが、実際には複数の動作を短い時間の中でつなげています。
パンチを出すだけなら、腕を前へ伸ばせばできます。
ただ、打った後に構えへ戻り、相手を見て、次の攻撃やディフェンスにつなげるとなると、急に難しくなります。
動いている最中に、自分の身体を見失わないこと。
そこに、スポーツでいう運動神経の良さが表れると思います。
運動神経と身体能力は同じではない

足が速い。
筋力がある。
持久力がある。
反応が速い。
身体が柔らかい。
どれもスポーツでは大きな武器です。
ただ、その能力を持っているだけで、競技が上手くなるとは限りません。
足が速くても、ボールとの距離が合わなければ、サッカーでは上手く蹴れません。
腕力が強くても、下半身と上半身がつながっていなければ、ボクシングでは重いパンチになりません。
反応が速くても、身体が力んで固まっていれば、相手の動きが見えているのに避けられないこともあります。
大切なのは、持っている能力を、必要な場面で使えることです。
身体能力が「どれくらい大きな力を持っているか」だとすれば、運動神経は「その力をどう使うか」に近いと思います。
ボクシングは、速さや強さを単独で使う競技ではありません。
動きながら打つ。
打ちながら相手を見る。
避けながら次の位置へ移る。
いくつもの動作をつなげながら、その場に合わせて調整していきます。
だからこそ、「何ができるか」だけではなく、いつ、どの程度使えるかが重要になります。
スポーツで上達が早い人の特徴
上達が早い人には、いくつかの共通点があります。
まず、見本の見方が上手です。
トレーナーの動きをただ眺めるのではなく、足がどちらから動いているのか、身体がどこを向いているのか、どの瞬間に力を入れているのかを自然に見ています。
そのため、一度見ただけでも、大事な部分をある程度つかめます。
次に、自分の身体の位置を感じ取るのが上手です。
腕がどこまで伸びているのか。
体重がどちらの足に乗っているのか。
身体が前へ流れていないか。
姿勢が崩れていないか。
こうしたことを、動きの中で感じています。
ボクシングでは、パンチを打った後に構えへ戻れるかどうかを見ると分かりやすいです。
打つことだけに夢中になると、身体が前へ流れます。
拳が戻らず、足も止まり、次の攻撃やディフェンスが遅れます。
上達が早い人は、打った後まで自分の身体をコントロールしています。
また、力を入れることより、抜くことが上手です。
初心者の方は、頑張ろうとするほど全身に力が入ります。
肩が上がる。
拳を強く握り続ける。
呼吸が止まる。
足まで固くなる。
本人は一生懸命です。
ただ、身体が頑張りすぎています。
上手い人は、ずっと力を入れているわけではありません。
構えている時は余計な力を抜き、打つ瞬間や踏み込む瞬間だけ力を使います。
そして、動作が終わればまた抜きます。
力がないのではありません。
力を使う場所と時間が分かっているのです。
力があるのに動けない理由

ミットを持っていると、かなり力んでいるのに、思ったほど重さを感じないパンチがあります。
反対に、それほど力を入れているように見えないのに、身体ごと押されるようなパンチもあります。
この差は、腕力だけではありません。
足元で生まれた力が、脚、股関節、体幹、肩、腕を通って、拳まで途切れずに伝わっているかどうかです。
強く打とうとして腕だけを頑張らせると、身体全体の力がつながりません。
最初の数発は勢いで打てても、すぐに肩が張り、腕が重くなり、足も止まります。
本人は「体力がない」と感じるかもしれません。
もちろん体力が必要な場合もあります。
ただ、実際には体力を使いすぎる動き方をしていることも多いです。
ボクシングでは、力を入れれば入れるほど良いわけではありません。
この切り替えが大切です。
そして、強く打つこと以上に大切なのが、打った後です。
パンチを打ったまま前へ流れてしまえば、次の攻撃もディフェンスも遅れます。
打つ前の姿勢。
打った時のバランス。
打った後の戻り。
そこまで含めて一つの技術です。
上達が早い人は自分のズレに気づける
トレーナーとして見ていて、上達の差が出やすいと感じるのが、自分のズレに気づけるかどうかです。
「今、打つ前から肩に力が入っていました」
そう伝えた時に、
「たしかに、構えた時点でもう力んでいました」
と自分でも分かる。
「パンチの後に前へ流れています」
と伝えると、
「戻ろうとした時には、もう足が残っていませんでした」
と感覚を言葉にできる。
こういう方は伸びます。
最初から上手くできるからではありません。
失敗した時に、どこが違ったのかを見つけやすいからです。
反対に、自分の感覚と実際の動きが大きくズレていると、修正には少し時間がかかります。
自分では力を抜いているつもりでも、肩が上がっている。
まっすぐ立っているつもりでも、体重が前に偏っている。
足を動かしているつもりでも、上半身だけが残っている。
これは、センスがないということではありません。
まだ自分の身体を感じ取る力が育っていないだけです。
鏡を見ながらシャドーボクシングをする。
トレーナーに姿勢を直してもらう。
ミットを打った感触を覚える。
動画で自分の動きを確認する。
こうしたことを繰り返すと、自分の感覚と実際の動きが少しずつ近づいてきます。
上達が早い人は、失敗しない人ではありません。
ズレた時に、それを見つけて直せる人です。
運動神経が良くても伸び悩む人はいる

正直に言えば、最初から器用な人はいます。
一度見ただけで、なんとなく形になる。
細かく説明しなくても、感覚でできてしまう。
こういう方は、最初の上達が速いです。
ただ、運動神経が良い人が、そのままずっと伸び続けるとは限りません。
感覚だけでできてしまう人ほど、自分がなぜできているのか分からないことがあります。
上手くいっている時は問題ありません。
しかし、自分より上手い相手と動いた時や、今までのやり方が通用しなくなった時に、どこを直せばいいのか分からなくなることがあります。
一方で、最初は不器用でも、言われたことを一つずつ確認し、少しずつ直していく人がいます。
構えを覚えるだけでも時間がかかる。
ステップとパンチがなかなか合わない。
すぐに力んでしまう。
それでも、自分の課題を分かったうえで続けている方は、ある時から大きく変わります。
最初からできることと、最後まで伸び続けることは別です。
不器用でも、自分のズレと向き合い、一つずつ修正できる人は強いです。
運動神経は大人になってからでも伸ばせる
「昔から運動が苦手だったので、自分には難しいと思います」
体験に来られた方から、こう言われることがあります。
学生時代にスポーツをしていなかった。
身体が硬い。
反応が遅い。
リズム感がない。
本人は、それを変わらない特徴だと思っています。
ただ、練習を続ける中で動きが変わった方を、私は何人も見てきました。
パンチを打つたびに前へ流れていた方が、自然に構えへ戻れるようになる。
足が交差していた方が、バランスを崩さずにステップできるようになる。
肩に力が入りっぱなしだった方が、必要な瞬間だけ力を使えるようになる。
避けた後に固まっていた方が、そのまま次の動きへ移れるようになる。
こうした変化は、筋力がついたからだけではありません。
その積み重ねです。
子どもの頃からスポーツをしてきた人の方が、最初は有利なこともあります。
ただ、大人になったらもう変わらないということではありません。
大人には、説明を理解できる、自分の課題を考えられる、目的を持って練習できるという強みがあります。
焦って速く動こうとせず、まずはゆっくり正確に動く。
鏡や動画を使って、自分の動きを確認する。
一つの動作を細かく分けて練習する。
そして、短い時間でも継続する。
こうした練習を続ければ、身体の使い方は少しずつ変わります。
運動神経は、生まれつきだけで決まるものではありません。
練習の中で育てられる部分も、かなりあります。
まとめ|運動神経は身体を扱う力

「運動神経が良い」というのは、単に足が速いことや、力が強いことではありません。
スポーツで考えるなら、自分の身体を状況に合わせて扱えることです。
こうしたことを動きの中で行える人が、「運動神経が良い」と言われるのだと思います。
ただ、最初から器用であることが、スポーツ上達の絶対条件ではありません。
運動が苦手だった。
スポーツ経験がない。
身体が硬い。
動きを覚えるのに時間がかかる。
それだけで、ボクシングを諦める必要はありません。
最初はぎこちなくて当然です。
昨日できなかった動きが、今日は少しだけできる。
前よりも力まずに動ける。
パンチを打った後に、少し早く構えへ戻れる。
その小さな変化を積み重ねていくこと。
結局、それが一番確実な上達だと思います。





