マスボクシングとスパーリングは見た目こそ似ていますが、目的は少し違います。その違いを知ると、ボクシングという競技の奥深さがもっと分かるようになります。
ボクシングジムに通い始めると、
「今日はマスをやってみようか」
「次は軽めにスパーリングをやろう」
こんな言葉を聞くことがあります。
どちらもリングの中で相手と向かい合い、パンチを出し合う対人練習です。
そのため、ボクシングを始めたばかりの方からすると、
「マスボクシングとスパーリングって何が違うの?」
と思うかもしれません。
実際、ジムでもよく聞かれる質問です。
簡単に言えば、
マスボクシングは、相手にダメージを与えずに技術を磨く練習。

スパーリングは、実際にパンチが当たる状況の中で実戦感覚を身につける練習。

という違いがあります。
ただ、この二つの違いを単純に、
「当てない練習」と「当てる練習」
だけで考えるのは少しもったいないと思っています。
ここをもう少し深く見ていくと、ボクシングという競技の面白さがよく分かります。
今回は、普段会員様にお話ししている内容も交えながら、マスボクシングとスパーリングの違いについて説明していきたいと思います。

佐藤崇之(さとう たかゆき)
︎・25歳で運動不足解消・ダイエットを目的にイマオカボクシングジム(現BOXING CLUB渋谷)に入会
・運動嫌いが半年で20Kg以上のダイエットに成功し、ボクシングのみならず運動生理学や身体構造に興味を持つ
・脱サラしスポーツトレーナー養成学校に入学しアスレチックトレーナーを目指す。
・細かい技術や、戦いにおける戦術、心理的側面など知っているようで知らない内容のコラムを発信中
・「感覚」よりも「理論」で会員様と同じ目線での指導を心掛けております。
マスボクシングとは?ジムによって少し意味が違う
まず知っておいてほしいのが、
「マスボクシング」という言葉の使い方は、ジムによって多少違う
ということです。
相手の直前で完全にパンチを止め、一切触れないことをマスボクシングと呼ぶジムもあります。
一方で、ごく軽くパンチを触れさせる程度までを「マス」や「マススパー」と呼ぶジムもあります。
そのため、
「マスだから全国どこのジムでも絶対にパンチを当てない」
と決まっているわけではありません。
BOXING CLUBで行っているマスボクシングは、基本的に相手へパンチを当てません。
相手の直前でパンチを止めます。
ただし、やっている動き自体はかなり実戦的です。
・パンチを出す。
・相手との距離を測る。
・フェイントを入れる。
・パンチを避ける。
・ガードする。
・相手の横へ回る。
・角度を変える。
・相手の動きを見ながら攻撃を組み立てる。
こうした実際のボクシングに近い攻防をしながら、相手にはパンチを当てない。
ですから、初めての方には、
「当てない実戦練習」
と説明することが多いです。
当てないのに、なぜボクシングが上手くなるのか

初心者の方からすると、
「パンチを当てないなら、シャドーボクシングとあまり変わらないのでは?」
と思うかもしれません。
でも、実際にマスボクシングをやってみると、まったく違います。
シャドーボクシングでは、基本的に相手を自分の頭の中で想像します。
・自分がジャブを出したら相手がどう動くか。
・自分が右を打ったらどこへ逃げるか。
もちろんイメージすることはできます。
ただ、最終的には自分の想像の範囲です。
一方、マスボクシングには本当に相手がいます。
・自分が前に出れば、相手は下がるかもしれない。
・ジャブを出せば、相手が避けるかもしれない。
・フェイントを入れれば、ガードが動くかもしれない。
・こちらが止まれば、逆に相手が攻めてくるかもしれない。
自分だけでは次の動きを決められない。
これが対人練習の大きな特徴です。
ボクシングは、覚えたコンビネーションを一方的に出し続ける競技ではありません。
相手を見て、
と、その瞬間ごとに判断していきます。
マスボクシングでは、
距離感、タイミング、ディフェンス、フットワーク、フェイント、リズム、駆け引き
といった技術を、相手がいる状態で練習することができます。
ここがシャドーボクシングとの大きな違いです。
実は「当てない」ことも立派な技術
マスボクシングを見ていると、
「軽くパンチを出しているから簡単そう」
と思う方もいるかもしれません。
でも、実際はそうではありません。
むしろ、
相手に当たる距離まで入りながら、正確にパンチを止める
というのは一つの技術です。

例えばジャブを考えてみます。
相手からかなり離れたところでパンチを止めれば、当然相手には当たりません。
ただ、それでは実戦的な距離感を覚えることができません。
マスボクシングが上手な人は、
「あと数センチ伸ばせば当たる」
というところまでパンチを出します。
相手からすると、
「今のジャブは実戦だったら当たっていたな」
と分かる。
それでも当てない。
この距離を作れることが非常に大切です。
私はトレーナーをしていて、
「強くパンチを打てること」だけがパンチコントロールではないと思っています。
本当にパンチをコントロールできている人は、
強くも打てる。
軽くも打てる。
途中で止めることもできる。
距離に応じて伸ばし方も変えられる。
つまり、
当てられるパンチを、あえて当てない。
これも立派なボクシング技術です。
BOXING CLUBでマスボクシングを大切にしている理由の一つでもあります。
スパーリングとは?マスとの一番大きな違い

一方、スパーリングでは基本的にパンチを実際に当てます。
ただし、
「スパーリング=全力で殴り合う」
ということではありません。
ここは初心者の方には誤解してほしくないところです。
スパーリングにもさまざまな強度があります。
技術確認を目的に軽めに行うこともありますし、試合前の選手であれば実戦に近い強度で行う場合もあります。
相手の経験、目的、レベルによって内容も変わります。
それでもマスボクシングとの決定的な違いは、
「実際にパンチが当たる可能性がある」
ということです。
この違いは思っている以上に大きいです。
マスボクシングでは普通に見えていた相手のジャブが、スパーリングになった瞬間に見えなくなる。
これは珍しいことではありません。
初めてスパーリングをした方が一度はぶつかる壁とも言えるでしょう。
パンチが「当たる」と人間の動きは変わる
なぜスパーリングになった途端に動けなくなるのでしょうか。
一番大きいのは、
「パンチをもらうかもしれない」という怖さ
です。
人間なので、これは当然です。
パンチが本当に自分へ向かって飛んでくると、
・肩に力が入る。
・呼吸が浅くなる。
・目をつぶる。
・必要以上に後ろへ下がる。
・視野が狭くなる。
・足が止まる。
・普段なら出せるパンチが出なくなる。
こうしたことが起こります。
ミット打ちでは非常にきれいなワンツーを打てる。
サンドバッグでも良いパンチが打てる。
でもスパーリングになったら、急にフォームが崩れる。
これは技術を忘れたわけではありません。
「当たる怖さ」の中で、普段の技術を出せなくなっている
ということです。
だからスパーリングには、
「パンチが当たる状況でも、普段練習しているボクシングができるか」
を確認する意味があります。
これはマスボクシングだけでは完全には身につかない部分です。
マスが上手い人とスパーリングが強い人は同じではない

ここもボクシングの面白いところです。
マスボクシングが上手だからといって、必ずスパーリングでも強いとは限りません。
マスでは、
・距離の取り方が上手い。
・タイミングがいい。
・フェイントが上手い。
・相手のパンチをよく見ている。
・ディフェンスもきれい。
ところがスパーリングになると、相手のプレッシャーを受けた瞬間に動けなくなる人もいます。
逆もあります。
マスでは少し不器用に見えるのに、スパーリングになると非常に強い。
・前に出るプレッシャーがある。
・パンチをもらっても冷静。
・相手をロープへ追い込むのが上手い。
こういうタイプもいます。
ですから私は、
マスボクシングでは「技術の精度」が見えやすく、スパーリングでは「その技術をプレッシャーの中で使えるか」が試される。
と考えています。
どちらもボクシングですが、求められる能力が少し違うのです。
マスボクシングとスパーリングの違い
簡単に整理すると、このようなイメージです。
| 項目 | マスボクシング | スパーリング |
| パンチ | BOXING CLUBでは基本的に当てない | 実際に当てる |
| 主な目的 | 技術・距離・タイミング・駆け引き | 実戦対応・技術確認 |
| ダメージ | 基本的にない | ある |
| 緊張感 | 比較的低い | 高い |
| 初心者 | 取り組みやすい | 段階を踏む必要がある |
| 身につくもの | 距離感・タイミング・防御・フェイント | プレッシャーへの対応・被弾への対応・実践感覚 |
もちろん、実際の内容や強度はジムや練習目的によって変わります。
そのため、初めて別のジムでマスボクシングをする場合には、
「ここのマスは完全な寸止めなのか、軽く触れる程度ならいいのか」
を最初に確認しておいた方がいいと思います。
自分では軽く打っているつもりでも、相手との認識が違えばトラブルにつながります。
対人練習だからこそ、ルールを共有することが大切です。
初心者こそ、まずマスボクシングから

私は初心者の方ほど、マスボクシングには大きな意味があると思っています。
ボクシングを始めたばかりの頃に、
「殴られるのが怖い」
と感じるのは当たり前です。
むしろ、まったく怖くない方が珍しいと思います。
そこで基本動作も身についていない段階から、いきなり強いスパーリングをしてしまうと、
といった癖がついてしまうことがあります。
一度ついた癖を直すのは、意外と時間がかかります。
それよりもまず、
「相手が動く中で、自分も動く」
ことに慣れる。
こうした経験を積むために、マスボクシングは非常に良い練習です。
初心者だから対人練習をしてはいけないのではなく、
初心者だからこそ、安全な形で対人練習を経験する。
私はその方がボクシングの上達につながると思っています。
BOXING CLUBがマスボクシングを大切にする理由

BOXING CLUBでは、プロ選手や試合を目指す方だけでなく、一般の会員様にもボクシングそのものを楽しんでいただきたいと考えています。
サンドバッグを打つ。
ミットを打つ。
シャドーボクシングをする。
もちろん、これだけでもボクシングは十分楽しいです。
ストレス発散にもなりますし、運動としても非常に良いと思います。
ただ、対人練習を経験すると、また違った面白さが出てきます。
こうした瞬間から、ボクシングは急に奥深くなります。
一方で、
「ボクシングは好きだけど、顔を殴られるのはちょっと……」
という方も当然います。
私は、それで全く問題ないと思っています。
ボクシングを楽しむために、全員がスパーリングをする必要はありません。
パンチを当てないマスボクシングでも、本格的なボクシングの距離感や駆け引きは十分楽しむことができます。
最初はダイエットや運動不足解消を目的に入会した方が、マスを経験して、
と思うようになる。
トレーナーとしては、こういう変化を見るのも非常に嬉しいです。
マスボクシングには「競技」としての面白さもある

BOXING CLUBでは、普段の練習だけでなく、会員様が参加できるマスボクシング大会も行っています。
マス大会では、相手を倒したりダメージを与えたりすることが目的ではありません。
パンチを強く当てるのではなく、
「どちらがより正確にボクシングの技術を使えているか」
という部分が大切になります。
距離の取り方。
パンチを出すタイミング。
ディフェンス。
フットワーク。
相手の動きを見た判断。
そして、きちんとパンチをコントロールできているか。
普段のマスボクシングで練習していることが、そのまま試されます。
スパーリングや試合には少し抵抗がある方でも、
「マス大会なら挑戦してみたい」
という会員様もいます。
普段は健康維持や運動不足解消を目的に通われている方が、一つの目標として大会を目指すのも良いと思います。
大会が近づくと、
「もう少しジャブを上手く当てられる距離まで出したい」
「相手のパンチを避けた後に打ち返したい」
と、普段の練習にも目的が生まれます。
ボクシングは必ずしも、
「強く殴れる人が一番上手い競技」ではありません。
相手との距離を理解し、自分の身体をコントロールし、相手の動きを見ながら技術を使う。
マスボクシングには、そのボクシング本来の技術的な面白さが非常によく表れると思います。

「当てない」と「当てる」の間にボクシングの面白さがある
マスボクシングとスパーリング。
見た目はよく似ています。
しかし、練習する目的は少し違います。
マスボクシングでは、
相手にダメージを与えずに、技術を磨く
スパーリングでは、
その技術が実戦のプレッシャーの中でも使えるかを確認する
どちらが上ということではありません。
当てないから簡単なわけでもありません。
当てるから本格的というわけでもありません。
むしろマスボクシングでは、
当てられる距離まで入りながら、当てない。
相手の動きを見ながら、自分のパンチをコントロールする。
ここに独特の難しさがあります。
そして、マスで磨いた距離感やタイミング、ディフェンスを、さらに実戦に近い状況で確認するのがスパーリングです。
私自身、ボクシングを指導していて思うのは、
それぞれ少しずつ違う成長だということです。
だからこそボクシングは面白い。
最初は相手のジャブが怖かった人が、少しずつ見えるようになる。
次は避けられるようになる。
その次は、避けた後にパンチを返せるようになる。
そして、
「今のジャブ、実戦なら当たっていたな」
という距離が分かるようになる。
「当てない」と「当てる」。
その間を行き来しながら、少しずつできることが増えていく。
それも、ボクシングを長く続けていく面白さの一つではないでしょうか。








