オーバーワークと甘えの境界線|10年間向き合い続けて見えた答え

BOXING CLUBとは

オーバーワークと甘えの境界線

「過ぎたるは及ばざるが如し」

この言葉は、私の競技人生の中で、常に頭にありました。
しかし同時に、この言葉ほど自分を悩ませたものもありませんでした。

今岡武雄(いまおか たけお)

BOXING CLUB代表
・18歳でプロデビュー
・10年の現役生活
・第34代 OPBE東洋太平洋フェザー級チャンピオン
・元WBC世界フェザー級2位
・生涯戦績:27戦23勝(12KO)4敗
・引退後は一般企業にて営業マンとして活躍し、2003年10月に起業。

〝フィットネス感覚で、誰でも楽しめるボクシングジム〟をスローガンに2003年にBOXING CLUBをオープン。
会社や学校帰りに、買い物のついでに、気楽に通う事のできる清潔で明るい爽やかなジム作りを目指しております。

(監修:BOXINGCLUB代表・今岡武雄)

私はプロボクサーとして約10年間、
「どこまでやればいいのか」という問いと向き合い続けてきました。

朝は10kmのロードワークに、100mダッシュを10本。
昼は仕事、夜はジムワーク。
試合が近づけば減量に加え、長いラウンドのスパーリングも入ります。

その中で、常に迷っていました。

どこまでが努力で、どこからがやりすぎなのか。
どこからが甘えなのか。

画像引用:ボクシングモバイル

このハードな毎日の練習を続けていると、
まるで自分の体が自分のものではないように、思い通りに動かなくなることがあります。

スタミナは落ち、
スピードも、タイミングも、パワーも、すべてが鈍っていく。

やればやるほど、ふと頭をよぎるのです。

――これは、オーバーワークなのではないか、と。

努力を重ねるほど安心感は増します。
「これだけやった」という自己満足も得られます。

しかし一方で、やりすぎれば体は動かなくなり、
スタミナは落ち、感覚も鈍っていきます。

そして一度オーバーワークに陥ると、
試合前に疲れを抜こうとしても、簡単には抜けません。

では、どこがその境界線なのでしょうか。

運動生理学やトレーニング理論の観点から見れば、
「やりすぎ」がマイナスになることは明らかです。

しかし、ボクシングはそれだけでは語れません。

苦しみに耐えること自体は、決して難しいことではありません。

もし「耐えれば勝てる」とわかっているのであれば、
誰だって耐えられるはずです。

しかし、スポーツはそれだけではありません。

ただ苦しみに耐えればいいわけではなく、
最終的には勝たなければならない。

そのためには、
自分をトップコンディションに持っていく必要があります。

画像引用元:ボクシングモバイル

だからこそ難しいのです。

どこまで追い込むのか。
どこで止めるのか。

その境界線を見極めることが、
何よりも難しかった。

体を動かしているのは筋肉ですが、
それを操っているのは心です。

どれだけ体を鍛えても、
それを操縦する“パイロット”である精神が弱ければ意味がありません。

そう考えたとき、ひとつの疑問が浮かびました。

やりすぎは、本当に無駄なのか?

メンタルを鍛えるという意味では、
一度は“やりすぎ”の領域に踏み込む必要があるのではないか。

限界を超える感覚。
苦しさの先にある、もう一段上の世界。

そこに到達するためには、
ある種の過剰が必要なのではないか――
そう感じる瞬間が、確かにありました。

現役時代、何度か「ゾーン」と呼ばれる状態を経験しました。

疲れがふっと消え、
視界が開け、
すべてが思い通りに動きます。

足は軽く、スピードは上がり、パンチは走る。
そして不思議なことに、そのときは疲れを感じません。

あれは、自分が伸びている瞬間だったのだと思います。

しかし、スポーツの難しさはそこにあります。

その最高の状態を、試合当日に合わせなければなりません。

体の疲れを抜き、
精神を整え、
心と体が交差する一点をピークに持っていく。

それが理想であり、同時に最も難しいことでもあります。

しかし現実は、常に思い通りにはいきません。

私自身、試合の10日前にインフルエンザにかかり、
ほとんど練習ができないまま試合に出たことがあります。

結果は――
キャリアでも屈指のコンディションでした。

体は軽く、動きは鋭く、
最終的にはKO勝ちを収めることができました。

あのとき初めて思いました。

「自分は、やりすぎていたのではないか」と。

この経験は、私に二つのことを教えてくれました。

ひとつは、休むことの重要性。
もうひとつは、休むことの難しさです。

さらに言えば、
不測の事態に対応できるかどうかは、
体の強さではなく、精神の強さにかかっていると感じています。

私が育った時代は、
「水を飲むな」「限界までやれ」という指導が当たり前でした。

今では非科学的とされることも多いでしょう。

しかし、その経験が精神的な支えになっているのも事実です。

論理的には否定されることでも、
精神的にはプラスに働くことがあると感じています。

画像引用元:ボクシングモバイル

だからこそ、答えが出ません。

理論と結果が一致しないことがある以上、
どこが限界なのかを明確に線引きすることはできないのです。

結局のところ――

オーバーワークと甘えの境界線は、
固定された「線」ではありません。

それは常に揺れ動き、
その時の自分の状態によって変わるものです。

それでも、ひとつ言えることがあります。

鍛えるべきは肉体だけではありません。
それを操る“パイロット”を鍛えなければならないのです。

そして時には、
あえてやりすぎることも必要なのかもしれません。

私は10年間、この問いに向き合い続けてきました。

結局、明確な答えは出ませんでした。

しかし今は思います。

この答えの出ない問いと向き合い続けた時間こそが、
自分のボクシング人生そのものだったのだと。

競技者として第一線で戦える時間は、決して長くありません。
どれだけ長くても10年、あるいは15年が一つの限界でしょう。

しかし、その後の人生ははるかに長く続きます。

だからこそ、この競技の中で培ったものを、
リングの外でも生かしていくことが大切です。

それは技術でも体力でもありません。

自分自身をコントロールする力です。

どこまで追い込むのか。
どこで止めるのか。
不安とどう向き合うのか。
そして、自分をどう整えるのか。

その積み重ねこそが、
競技を通して得られる本質だと思います。

これは、プロのアスリートだけの話ではありません。

日々ジムに通ってくださっている方々も、
練習の中で同じような瞬間を経験されているはずです。

苦しさに向き合う時間。
もう一歩踏み込むかどうか迷う瞬間。
そして時には、ふっと体が軽くなり、
思い通りに動ける“ゾーン”のような感覚。

その一つひとつが、自分を知る機会であり、
自分をコントロールする力を養う時間でもあると感じています。

オーバーワークか、甘えか。
その境界線は曖昧で、簡単に答えは出ません。

しかし、その問いと向き合い続ける中で得られる感覚は、
競技を離れた後の人生や、日々の仕事の中で、
必ず生きてくるはずです。

リングの上だけが勝負ではありません。

そこで得たものを、
その先の人生でどう生かすか。

それこそが、本当の意味での「強さ」なのだと思います。

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